結婚相談に、“大きな期待”を抱きすぎていませんか?

2015年3月18日 Category :結婚相談の口コミ 0

一般に、女性は「理想の結婚生活」というシナリオを持っています。子どもは何人で、どれくらいの大ききの家に住んで、どのように休日を過ごして:::というシナリオを勝手に作っているのです。

いろいろと期待することは悪くありません。が、それが大きくなりすぎると、ちょっと問題になります。心理学の法則によれば、自分勝手なシナリオを作ってしまうと、現実と食い違うたびに不満を感じ、大きく失望すると予想できるからです。

結婚に対して、まったく期待を抱かないのはムリですが、大きな期待を持ちすぎるのもよくありません。あなたにも夢があるでしょうが、彼にだって同じような夢があるはず。結婚生活は、2人の共同作業なわけですから、あなたのシナリオを彼氏に押しつけないように。そうしないと、摩擦が絶えなくなります。

テレビや雑誌、コマーシャルなどが煽っている結婚生活へのイメージはたいて、は、虚飾というか、嘘っぱちでしかありません。ですから、そういうマスコミが押しつけてくる理想イメージに、自分の結婚を重ね合わせないようにしてください。

テレピのドラマでは、いつでも部屋の中が落ち着いていて、片づいておりますが、現実で生活しているあなたの部屋は、もっと散らかっているはず。トイレには、うんちがついているかもしれません。

オシャレなディナーなどほど遠く、ご飯と味噌汁だけで食事をすませることも多いに決まっています。これが現実というものです。結婚に対して大きな理想、過剰な期待を持ちすぎると、「こんなはずじゃなかった」という後悔を味わうことになります。

そういう不満は、もっとも身近な相手、すなわち、夫に対して向けられますから、夫を殴ったり、夫に物を投げつけたりすることになります。子どもがいる人は、子どもへの虐待につながるかもしれません。これらはすべて結婚に対して、大きな期待を持ちすぎたせいです。

八つ当たりされる夫や子どもの立場にたってみてください。かわいそうじゃありませんか。女性は、結婚に対して大きな期待を抱きすぎる傾向がありますが、心理学的に見ると、それは害にしかなりません。

大きな期待を胸に秘めて結婚するよりも、むしろ、それほど期待していないところから育てたほうが、結婚も恋愛もうまくいきます。少なくとも、勘違いは起きませんからね。

結婚に対して大きな期待を持っている人は、男の選び方についても厳しくなりすぎます。

あまりにも厳しい条件を設けているので、なかなか彼氏もできません。こういう女性には、なかなか幸運の女神も微笑んでくれません。

理想の恋愛とか、理想の結婚なんてのは、あくまでも幻想にすぎず、自分が幸せだと思えれば、それは最高の恋愛なのです。大きな期待を持ちすぎず、男の人を疲れきせないのが、イイ女なのだといえるでしょう。

東京の結婚相談所の口コミはこちらです。

結婚を相談して出産を希望する女性たち

2015年2月15日 Category :結婚相談の口コミ 0

ところが、結婚相談所のススメにも、問題があります。やはり多くの女性は、愛する人の子供を産むことにあこがれます。

孫の顔を見たいという親の希望もあるでしょう。子供を産むことは、夫婦の責任感や社会的立場を強くしてくれるものでもあるでしょう。そうなってくると、何歳で子供を産むかということが、女性特有の悩みになります。

「早く結婚して、早く子供を産んだほうがいい。高齢出産は、ダウン症などの障害児が、生まれやすい。何よりも元気で体力のあるうちに産んで育てたほうが、歳をとってから楽が出来る」私なんかも、こう言われて、その言葉に乗せられたクチです。

早婚、早出産。おかげで私は、仕事と子育てに追われる、大変に忙しい二十代を過ごしました。二十代になすべきことをしなかった、その無念の思いが、晩婚のススメにもつながっているような気がします。

農業社会、人生五〇年時代ならいざしらず、いまこの結婚相談所といわれる中で、しかも人生八〇年時代となって、ああいう言い方は正しいのかどうか、疑問に思えてなりません。

人生は長くなった、長くなったぶんだけ、生き方の設計が違ってくる、当然のことでしょう。

ナワ跳びだって、ナワの短いときと長いときとでは、跳び方が違うのですもの、人生だって同じです。高齢出産は、本当に危険なのかどうか、雑誌『日経ウーマン』が、一九九〇年二月号で興味ある特集をしました。

東京の愛育病院の調べによると、この10年間の年齢別出産の割合は、三十歳以上が増えているとのことです。三十歳以上の初産も増えているそうです。この傾向は、全国的に同じで、しかも、当分変わらないだろうといわれています。

結婚相談所としても、いかにリスクを少なくして、より安全な出産にするかが、議論されていろとのことです。初産についても、高年の初産は、高年になっての頻産、つまり何度もお産するよりも、リスクは少ないといわれています。

母親の年齢とダウン症児出産の割合を見ると、二十代では1000人に一人、三十~三十四歳では、600人に一人、三十五歳よ二十九歳が400人に一人、四十~四十四歳では100人に一人、四十五歳以上になると50人に一人と報告されています。

統計上では、二十代のお産が一番安全ということになりますが、三十代のお産もそれほどリスクは高くないことが注目されます。はっきり危険になるのは四十代から。この報告では、どの年齢であっても、100パーセント安全なお産はないと結んでいます。

結婚の相談を誰にするか

2015年1月20日 Category :婚活| 結婚相談の口コミ 0

子供が生まれたら「男はソト、女はウチ」 今どきの短大生のホンネこの調査では、『妻が働くことに理解ある』が四四パーセントと半数を切り、そのうえ、『家事・料理・育児にマメ』などの協力の期待は二七パーセントと、妻の職業継続については、人格要素や経済要因よりも低い回答です。

とくに、親の立場からとなると、一割台にすぎません。つまり、親も娘も、精神論や経済面は重視するけれど、実質的に女自身が生きていくにために、職業をどう考えるか、家庭の中での役割を分担しあうかどうか、などの点になると、こうした問題意識をもつのは少数派だということになります。

『妻が働くことに理解がある』ことを約半数が求めてはいても、その次の段階である実際的な協力という面になると、その約半数に減ってしまうのです。

これはまだ若い短大生け、生活の実態を知らないがために、観念的にとらえているいうことなのでしょうか。- 早く結婚はしたいが、保母という仕事を、自分の子供が生まれるまで続けたいので、働くことに理解があってほしいこう書いている学生の意識が、一般的のようです。

仕事は子供が生まれるまで、だから、働くことへの理解というのも、前章で述べたように、子供がいないDINKS でのこと、子供が生まれたら、「男はソト、女はウチ」という性別役割分担を引き受けましょう、というのが多数派のようです。

ただ、このアンケートに回答している学生たちにとっては、結婚はまだ先のことと意識されています。今は結婚なんてまったく考えられない。自分にとって現実味がなさすぎるため、理想なんていったらものすごく高くなる。

もっと近い話だとしたら、違ったものになるだろうたしかにそのとおりです。結婚相手というものも、現実となれば妥協するものかもしれません。でも私はいつも思っています。

二十代前半は、人生の中でもまだまだ未熟のとき、人物判断なども出来るようでいて出来ない時代、そんなときに一生を決定するような決断をするのは、なんと危険なことだろう、と。だからといって、親の決めた人と結婚すればいいとは絶対に思いません。

やはり、自分の意志で自分で決断すべきことです。となると、生涯に渡って、自分はどういう人でありたいか、ごく漠然としたものでいいから、セルフーイメージを立てておくことが大切だと思うのです。

出来ることなら保母を一生やっていこうとか、栄養士として働こうとか、あるいは放送関係の仕事をしたいとか、ある種の志、自分の人生を大切にする気持ち、そういうものを大事にしてほしいのです。

人生いくつでもやり直しが出来るとはいえ、その人生の出発点で、あなたまかせの考えでいたら、若さが感じられないではありませんか。

人生は、男と女が協力して築いていくもの、頭の中で、理想としているものを、どう実現させていくかということを、毎日の生活の中で考えていってほしいと思っています。人間、志が人生を決めるということは確かなようです。能力は二の次、三の次でしょう。″能力″は″志″に引きずられてくるものなのです。

なぜ、結婚にあこがれるのでしょう?

2014年12月9日 Category :結婚相談所 0

人は、なんのために結婚するのでしょうね。かくいう私も、結婚して三〇年になるのですが、いまだ、結婚というものの正体がよくわかっていないような気がします。

昔ならば、家のため、子孫を残すため、食べるため、親を安心させるためなどなど、たくさんの「何々ため」がありました。でも、今はそれは、まったくなくなったとはいえないまでも、少なくとも表面には出てこなくなりました。

結婚は、両性の意志に基づくものであり、〃自分の幸せ″のために結婚するもの、そういう認識はみんなに共通していると思います。昭和二十年代ごろまでは主流だった見合いが激減し、そのぶん恋愛結婚が増えたことは、その証明でしょう。

また、たとえ”結婚” したとしても″結婚届″ を出さないカップルや、あえて″非婚″、つまり独身主義者ではないけれど、結婚という形式にこだわらない人たちも増えてきています。たとえば、有名なのはフランスのサルトルとボーボワールです。一緒に暮らすことはしなかったけれど、生涯の伴侶でありました。日本でも、社会心理学者の南博先生と女優の東恵美子さんのカップルがあります。

しかしながら、結婚というのは、なかなかに保守的な意味合いをもつもののようです。平凡な人間にとっては、結婚というのは一番安心(?) 出来る生き方、世間がよしとする型にはまっていれば、波風が少ない、そういう側面があるのも確かです。

この私なんぞも、いとも簡単にその世間の風潮の罠に落ちてしまったところがあります。二十歳で結婚したことは、後でくわしく述べますが、〃姓” のことも含めて一人でいることへの不安から逃れること、私だって結婚出来るんだということを世間に公表したかったことなど、かなりいい加減なところがありました。

私は今でも、この結婚は早すぎたなあ、青春になすべきこと、味わうべきことをしないでしまったなあ、などと不平不満をこぼしています。夫にも、「あなたと結婚したことは、私にしては上出来、だけど、二十歳、あれは早かった、損した」などと、愚痴っている始末。

ですから、二人の娘にも、これからの女は晩婚であるべし、いろいろ恋愛をし、失恋をし、失恋をさせ、未来への恐怖やら、友人が結婚していくことの淋しさやらを、たっぷり経験してから結婚すべし、なんぞと訓示を垂れています。

ま、これもまたこの章でくわしく述べますが、私なりの理由、根拠があることなのです。私の切なる願いは、自分の心をごまかした結婚、世間の風潮、たとえば適齢期だからなんぞという、ただそれだけの理由での安易な結婚だけは、してほしくないということなのです。